シルクプロジェクト

《シルクを通してつながる、私とお客様の物語》

スリランカの朝の通勤風景♪

【はじまり】

シルクと私の出会いは、ヨーロッパ旅行中でのことでした。
イタリア滞在中、私はビンテージのお洒落なシルクのツーピースを買いました。
汗をかいてもベトつかず、速乾性があり、サラッとした肌触り。旅行中も心地よさがずっと続いていました。長袖のシルクジョーゼットは、真夏の照りつける太陽から肌をやさしく守り、はんなりと身体を包まれている安心感がありました。

それ以来私はシルクのすばらしさに目覚め、今度はシルクの寝間着を探しました。
「あのシルクの肌心地を寝ている間にも感じられたら、どんなに気持ちいいだろう」
想像するだけで胸がいっぱいになりました。

私はシルクの寝間着を求めて、日本国内はもちろん、ソウル、上海、台湾、パリ、リヨン、フィレンツェ、ミラノ、トルコ、サンフランシスコなど、出かける先々でシルク製品を探しました。
ですが、エレガントで可愛らしいデザイン性のあるナイティは思うように見つけられませんでした。そこで私は「ならば自分で理想のシルクを作ろう!」と思い立ったのです。

ナポリを散歩されていたお洒落なご婦人達♪

【最初の壁〜シルク産業の現実〜】

早速、シルクの生産地である中国紹興に行き、安く生地を仕入れようと問屋を探しました。
しかしそこで、思わぬ現実を知ることになります。シルクの取扱店はかつては3000軒もあったのに、今はわずか2軒という衰退産業だと聞かされました。
もはや、高級ブランドしかシルクの洋服を作らないと言うのです。

【どうしても諦めきれない!〜オリジナル生地にたどり着くまで〜】

どうしても諦めきれなかった私は、その後も地道に探し続けます。
そして、ようやく中国シルク研究所の工場にたどり着くことができ、ここで糸からシルクを織り、オリジナルの生地づくりを始めることにしました。
そして縫製工場や貿易会社には何度も出向き、ようやく待ちに待ったオリジナルの生地が完成しました。
紡績工場にオーダーしてから2ヶ月後のことでした。

フィレンツェの店舗に飾ってあった絵♪

【試行錯誤の日々〜染色からサンプル作成まで〜】

次は染色です。
染色は色落ちが心配なので、中国シルク工場の染色工場へ見学に行きました。そこで、染色堅牢度(=日常での汗、洗濯、摩擦などに対する染色の丈夫さ)の高い染料を使い、欧米の高級ブランド同様の染色法で染めるという契約を交わし、染色を依頼しました。
染色工場で4色に染め上げられたシルクの生地は、上海から車で2時間の金山にある縫製工場に運ばれ、サンプルが作られます。私はそこでも、半ば呆れられるほど何度も工場に出向き、納得のいくまで修正に修正を重ね、ついに心に響く製品が完成したのです。

【2年の歳月の結晶〜ルルル商品の誕生〜】

こうして2年の歳月をかけ、機能性とデザイン性を兼ね備えた、念願の美しいシルクのナイティがついに完成しました。
ルルルの商品の第1号の誕生です。

フランス郊外で見かけた風見鶏♪

【シルクの旅は続く〜私からお客様へ〜】

ヨーロッパ旅行中に偶然イタリアで始まった、私とシルクの物語。 そんなシルクたちは私のもとを離れ、今度はお客様のもとで新たに「お客様とシルクの物語」を描いていきます。 こうして私がたどった「シルク探求の旅」から、次なる「シルクがお客様のもとへ渡る旅」の、橋渡しのお役目を果たせることは、シルクを愛してやまない者の醍醐味だと思っております。

人が代々つながっていくように、シルクを通して人と人がつながっていく・・・。 そんな「人とシルクのつながりの可能性」をもっと世に広めたい、そう常々願っております。

シルクに目のない私のこだわりが、たっぷり詰まったこれらの商品が、皆様のお気に入りになりますよう、お手元まで丁寧にお届けいたします。

ー シルクを手にしたお客様の暮らしが、日々、心地よく穏やかでありますように ー

株式会社ルルル 取締役 碇谷晶子

工場紹介

パジャマ、ガウン、ネグリジェ等のシルク生地(シルクワッフル)を織っている中国シルク研究所の工場です。

  • 大学でシルクを学び、生涯シルク一筋と宣言するシルクニット工場の専門家です。
  • 高級工程師と縫製者で、何度も意見を交換し、記心地や耐久性について検討を重ねます。
  • 42ゲージニット工場の工場長です。
    ご主人はシルクの専門家で、シルク素材を教えて下さるこころ強いパートナーです。
  • 熟練縫製者がひとつひとつ丁寧に作業しています。
  • 工場の一室。染料の入った壺がアートに見えました。
  • 蚕のエサとなる桑の木